文字の歴史

8月になりました。

第二次世界大戦の終戦日は8月15日だと教えられてきましたが、昭和20年8月15日は玉音放送を聞いた多くの日本国民が、米軍機による空襲の心配がなくなったという安堵感と解放感を覚えた日であり、正確には降伏文書への署名が行われ、発効したのは昭和20年9月2日。そして本当に戦争が終結したのは昭和27年4月28日、サンフランシスコ条約で日本が独立した日、国家主権を回復した日である。

8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と閣議決定したのは1982年である。以降、毎年8月15日は先の大戦において亡くなられた方々を追悼し平和を祈念するため全国戦没者追悼式が行われています。

さてさて前置きが長くなりましたが、今日は文字の歴史を紹介したいと思います。

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文字の歴史

現在、世界には6000を越す言語があると言われていますが、大まかにみれば、ほとんど同じ起源に行き当たり、最終的にはメソポタミアにまで辿れるのではないかと言われています。

言語と違い、文字は遺物として残り、歴史を記録することができます。今までに出土した絵文字なども含め文字はだいたい紀元前3000−4000年頃にエジプトのヒエログリフやメソポタミアの楔形文字から始まったとされています。出土した場所を考えると、文字は国家の形成とともに発生した、つまり所有関係や交易が複雑化した異民族間の情報の記録手段として発達していったのでしょう。

人類が生み出した高度な情報手段として発明された文字。なぜ、情報の媒体を物質化し、わたしたちは文字に依存し始めたのでしょうか?

メソポタミアで発見されたトークンは絵文字の時代よりも早い紀元前8000年には農産物といった貯蔵した穀物を数え、記録する時に使われ、まるで通貨の原型?とも思えるほどの機能を持っていたのです。

もちろん、メソポタミアの各トークンは各アイテムに対応し、数はトークンに刻まれていませんので正確には通貨ではないです。例えば、米3俵に対応する米トークン3個と記録していくので、数というよりもシンボル化ですが、このシンボル化が言語における単語の役割を果たしています。このトークンの発明はエジプトや他の文明にも伝えられていくことになります。

メソポタミアのトークンは絵文字よりも5000年も早く始まっています。ここに、精神文明と物質文明の遺伝子の差があるのではないかと思います。つまり有史以前は、文字は必要ではなかったのです。

また、ラスコー洞窟やショーベ洞窟から発見された壁画は2万年前にさかのぼりますが、絵から絵文字へとの変形の過程が文字の歴史とは断言できないのです。

人間は多様性があります。美術が得意な人間と不得意な人間がいます。絵が文字に変形するにあたって描く絵に個人差が出てしまっては、文字という共通の媒体になりにくいはずです。

農作物の種類も増えると、トークンの種類も豊富になります。そのため個人的なメモとしてのトークンから、所有や生産を主張するためのトークンへと変化し、最終的にはトークンの記録に絵文字や表音文字も加わり表意文字へと発展したと思われます。

ヒエログリフや楔形文字のように表意文字だとボキャブラリー数が増えます。漢字が良い例です。すると表意文字から便利さを追求して表音文字へ変化していくのはエジプトがローマ帝国、ビザンチン帝国、イスラム帝国に支配される過程で自然の流れだと思います。

メソポタミアの楔形文字も、アッカド語、エラム語、ヒッタイト語といった多くの言語に利用され、その過程で独自の言語に発展していきました。これは表音文字であれば文字数が少なくて済むことと(アルファベットがい良い例です)地名、人物名などを記すために表音文字へと変化したと考えられています。

ヒエログリフと現在のアルファベットをつなぐ役割をした原カナン文字。古代の地中海沿岸の国家では貿易などが盛んに行われ、異文化交流をくり返しながらアラブ、フェニキアと言語が枝分かれし、フェニキアから古代ギリシャや古代ヘブライへと言語が分かれて発展していきました。

この時点ではまだ子音アルファベット言語であり、現在でも子音だけから出来た文字を使っている言語の例が、ヘブライ語です。現在のヘブライ語では音の曖昧さを避けるために母音に対応する記号を文字の下に小さく書き足しています。

貝を使った染料で手がたえず赤く染まっていたことからギリシャ語で「赤い手」という意味の「フェニキア」。フェニキアは地中海全域で活躍していました。ギリシャはフェニキアからの交流を通して原カナン文字を導入しました。そしてギリシャで子音アルファベット文字に母音を加え、ローマで現在のアルファベット表記体系へと作り変えられ、現在に至ります。

では、わたしたちの日本語はどうでしょうか?

実は日本語は表音文字のひらがなとカタカナと(さらにカタカナは外国語といったカタゴリー化を示す特徴もある)表意文字である漢字の両方を使う、古代的な特徴をいまだに崩さずに持っています。

さらに、音読みと訓読みといった二種類の読み方を心情に使い分けることも出来ます。日本語って複雑ですが古代的ですね。というか、こうした古代的な2つの要素をいまだに使い分けているところがかえって奇跡的な気もします。

ちなみに文字を分けるのはエジプトのヒエログリフも表音化され始めたころ、宗教的儀式に用いられる神官文字と、一般に用いられる文字に分けて使用していたそうです。

今回は文字の歴史を紹介してみました。

もちろん文字の前に話し言葉があるのですが、この話し言葉を扱っていたクロマニョン人がすでにユーラシア大陸に分散していたネアンデルタール人よりも優勢になった理由かと言われています。また、最近の研究によりわたしたちの祖先とネアンデルタール人は交雑していることが判明しさらに日本人を含む黄色人種にだけに維持されているネアンデルタール遺伝子を見つけています。つまり、ネアンデルタール人の遺伝子は一律して現代人に分布されているわけではなく、民族や環境に応じて生存優位性を保つために特定の遺伝子が選択され、現代人に維持されていることになります。

ちなみに現代人とネアンデルタール人のゲノムを比較すると6つの遺伝子が違うそうですがそのうちの3つは皮膚に関する遺伝子だそうです。また、現代人のゲノムにネアンデルタール人のゲノムが流入していても逆パターンは見つかっていないので、交雑していた地域が限定されていたのか交雑が一方的であったのか、まだまだ研究していく必要がありますね。

現代人とネアンデルタール人のゲノムを比較することにより、進化研究だけでなく、現在の文字優勢の歴史学にメスを入れるかもしれません。

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アマルナ文書
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